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自分を出さないことで愛されるって、幸せでしょうか?

 

海外から日本に帰ってくると、いつも違和感をもつ事がひとつあります。それは、「働いている人たちが、ロボットのようだ」ということです。

顧客に満足してもらうためでもなく、ただ自分の個性を出さず、主張せず、「上に言われる、間違いのないこと」を正確に行います。

これは教育による産物だと考えています

東アジアの教育は「何のためにこの作業を行うのか?」を思考・理解しないままでも、義務を受け入れるストレス耐性が強い傾向がありますが、その中でも日本は異例の我慢強さを持っています。
 

これは、デザインの現場でも起こっています。多くのデザイナーは自己を持つことを良しとされず、上流のブレーンを持つ人の言うことをただ行う、という機械的作業を求められます。

社会や多くのスクールが、デザイナーを消費してきた

長い間日本のクリエイターは、売上や経営に利益をもたらすものと認識されてきませんでした。また、それに対し、意義も唱えてきませんでした。
デザイナーとディレクターが全く切り分けられて存在するのは日本くらいです。本来であれば、デザインを作った制作者が、「何の目的で作り、ユーザーに対しどう機能するか」を意識したデザインをクライアントに説得するまでがデザイナーの仕事です。

しかし、今多くのスクールは、このコアになる部分に全く触れず、作業のみを教えます。これでは、自分で考えて動く自発的な人材どころか、ただ歯車として替えのきく人材としてしか求められません。
それが、今の日本のデザイナーの大多数です。考えず手だけを動かす人材。それは、本当にクリエイティブな職業と呼べるでしょうか?
「意見を持たず、与えられたものを情報整理するだけのデザイナー」ではなく「デザインの目的を意識し、自発的にユーザーに届くまでの情報やストーリー設計までを提案し、ビジネスに貢献するデザイナー」の方が、生産的で、人間らしいと思いませんか?

デザイン=デザイン作業だけではない。ビジュアルを通し、未来を見据え、設計すること。

ここで海外の中でもデザイン先進国でもある欧米圏と、日本のもう一つの違いに触れましょう。欧米圏では、企業のトップや政治家に対しスタイリストが服装をきちんと指南するという仕事がまずあります。

おしゃれだね!と言われるようにではありません。
私たちの国のトップがもし、髪の毛がぼさぼさで、ホームレスのような恰好をしていたらどうでしょう?

プレゼンをしても説得力がなく,強い言葉を使ってもパワーが伝わらないどころか、品のない印象を与え、結果リスペクトを得られません。

一方、日本の政治家は「どういう風に見せたいか」がなく「ルールだから」思考停止してスーツを着ているのみです。

これは正確に言うと、ビジュアルのデザインとも言えますが、そのもっとベースでコアの部分でもある「受け取り手がどう感じるか」まで考える"設計"と言えるでしょう。

この「見た目にともなう設計・計画の大切さ」を大きく欠いている日本の現状は、クリエイティブに対する低評価に表れており、クリエイターの待遇の低さにも大きく関係しています。

皆に「いいね」と言われなくてもいい。不完全で凸凹でも、一つ自分の得意を知り伸ばすこと

最初に「自分の形を変えることなく、もともと自分を好きな人に見つけてもらう」と言いましたが、これはブランディング設計で言われる「ファンづくり」でもあります。デザインにおいての話もしましょう。

クライアントワークでは、相手にイエスマンで答え続ける限り、愛されます。でもそれって、あなたではなくてもいいはずです。
クリエイターという性質上、身一つで受けられるお仕事に限りがあり、深く関わる数少ないクライアントの質を上げていくことになります。


今は、個の時代。全てのスキルが平均点以上でないといけなかった時代は終わり、企業という大きな組織に愛される優等生でなくても、結果を出せるようになりました。

では、いま私たちがすべきことは何でしょうか。

 

思考停止せず、自身の価値を証明する、多様な次世代を作る一人になる

それは、アーティストであろうと、ビジネスパーソンであろうと「価値をつくること」に他なりません。

私たちは、「価値をつくる」すべての次世代のクリエイターを育てるため、デザイントーストを立ち上げました。

アーティストであれば、自分の強みを伸ばし、自分を評価してくれる相手に見つけてもらい、高く評価してもらうこともよいですし、

ビジネスパーソンであってもありのままの自分のクリエイションを価値にするため、説明相手に合わせ表現を変えることもあるでしょう。

日本の劣悪な制作現場では、多くの才能のあるクリエイターが、鬱になったり、現場の厳しさから道を諦めた人も多くいます。

私たちの尊厳や個性を認めてもらうために、この状況をアップデートしていくことに一歩を踏み出します。

ここでは誰ひとりとして同じ結果にならず、同じ作品になりません。「みんな違って、みんないい。」が合言葉です。

技術だけや、ツールの使い方だけを解説する多くのスクールが、単純作業オペレーターの大量生産工場であるなら、デザイントーストは、その人という"個"に向き合い、デザインに留まらない個性・長所を育てます。

 

人として自分らしく生きるために、世界への扉を開こう。

こおこでは、受講生一人一人が自身で考えられ、待ちの姿勢ではなく「私のできることはこれです」と能動的に動き自立するよう、導きます。

多様性を目指す社会を全世界が目指している中、

私たち一人一人が、多様な生き方を体現することに大きな意味があります。

努力次第で自分の得意を評価され、あなたがあなたらしく、そのままで幸せになれる社会を作りたいと強く願い、私たちもクリエイターとして、前進します。

速いスピードで動き続ける世界に向かい、最初の第一歩を踏み出しましょう

 
 
Image by Vadim Sherbakov

みんなに愛されるデザイナーにならなくてもいい。
「あなたがいい」と言ってくれる人に会いにいこう。